中能登町とは・・・織物と古墳の町

私達が住んでいる中能登町には「織り姫伝説と古墳」があります。中能登町は眉丈山系と石動山山系を背にして邑知地溝帯を挟み邑知地溝帯で生活を営んでいます。雨ノ宮古墳群(旧鹿西)・小田中親王塚(旧鹿島)・川田古墳群(旧鳥屋)・石動山信仰・史跡があります。織り姫伝説を伝える最も古い記録とされている能登比咩神社の「能登比咩神社由来書上(貞享2年(1685年)」には「能登比咩神社の神が機織乙女であり、乙女は能登にやって来た大己貴神(おおなむちのかみ)に稗粥を献上したところ、大己貴神の苗裔(びょうえい)になった」とあります。古来、麻布は庶民の自給衣料として織られ生活着として使われていたのです。 麻糸でも細く軽く、しなやかに紡いだ糸で織り上げた布を古来より上布と呼び献上品として使われていたのです。古代律令化国家では質の良い麻糸は調・庸として献上品として用いられていたのです。現在、上布は夏用のきものとの認識が一般的です。公家(飛鳥・平安時代)の方々が四季を通して上布を着用されていたこともわかっています。現在においても、神職・御僧侶・お坊さんなどは四季を問わず麻布を着用されています。※上布とは、質の良い麻織物の事を言います(麻糸でも細く軽く、しゃり感があり、しなやかに糸を紡いで織り上げたものを言います)。

能登上布は蝉の羽にたとえられる程、質の良いものを織り上げていました。麻布から「能登上布」と呼ばれるようになったのは近年になってからです。明治44年(1911年)に組合(口能登一帯)で「麻布を能登上布」と称する事に至ります。江戸時代の初めの頃までこの地で作られていた良質の麻糸は、近江上布の原糸として使用されていました。1814年・十村役・河合与右衛門氏は藩より銀五貫目(625万位)借り受けるその後、独自で良質の織り物を創ろうという状況気運が生まれ、近江より職工を招き染織の技術を学ぶことにより織りの技術が向上します。文化14年文政元年(1818年)徳丸縮の名でその後、安部屋縮の名で能登の地名を出すようになります。昭和初期には織元が140軒を数えるまでになります(口能登一帯「羽咋市・鹿島郡」)。生産量も昭和2年、年間40万反となり全国トップの座につきます。 昭和35年には、石川県の無形文化財の指定を受けることになります。生活様式の変化と共に、きもの離れが進み織元の数が徐々に減り、昭和63年には一軒のみになります(山崎麻織物工房)。平成8年に、能登上布の保存と継承のため上布会館(能登上布振興協議会)を開館します(旧鹿西町)。 ここでは作業工程の見学、機織りの体験もできるようになっています。

衣部門の活動内容

私達、協議会の中には幾つかの部門が在ります。以前、口能登一帯が麻糸の原産地であったこと、麻布(能登上布)の生産地であったことを知らない方々もおいでます。準備段階を含め「衣」の部門では、能登上布の普及と原糸である麻糸、苧麻(からむし)の栽培、糸つくりの復活を目指しております。

能登上布の技術は「蝉の羽に例えられる」程技術の高いものでした。㈱山崎麻織物工房・能登上布振興協議会(能登上布会館)の技術も日ごと向上しております。苧麻から作る麻糸です。織り上げた布を麻布と言います。同じ素材なのに麻布・上布と呼び名が違います。麻織物の麻糸(原糸)をより細く裂き紡いで軽く薄くしなやかな糸を上布と呼ぶようになったのです(質の良い麻糸を献上品として使っていたことから)。現在、能登上布は中国産の原糸(麻糸)を使っています。国産でそれも地産の麻糸つくりを目指しております。麻糸は日用雑化「用」の用途で多方面にわたり使われています。苧麻の栽培と糸作り、麻糸から質の良い上布を目標に取り組んで行きたいと思っています。皆様の知恵とご協力を栽培、糸つくりの情報がありました声を掛けて頂きたいのです宜しくお願い致します。

●1つ目は、「きもの文化」きもの全体を観る取り組みの中で能登上布の普及を。「きもの」に関心を持って頂くには、「きものを着る・帯結びを・袖を通した時のしぐさ、しぐさ・作法を知るきっかけ気づく、きものに袖を通すことからではないでしょうか。きものの文化を伝える手段方法として、きものの着付け教室があります。

「山原昌娃きもの着付学院」の協力を得て教室をおこなっています。

●2つ目には、きものを着なくなった、きものの管理ができない難しくなった、きものを簡単に処分される方々が見受けられるようになったことです。きものの再生(きものに仕立て直すこと)、きものは再生を繰り返すことのできる衣類であることを呼び掛けています。「きもの生地を洋服などにリメイク」または、「きもの生地による小物つくり」を呼び掛けています。

第2・第4(水曜日)9時30分~11時30分、ラピア鹿島2階第1研修室で教室を開いています。

●3つ目には、和紙の糸による工芸品の複活を複活の取り組みを進めています。素材には、和紙・麻糸・綿糸・絹糸などがあります。「創る喜び・贈る幸せ・使う楽しさ」を体験して見ませんか。
今年の7月に「ホタルてまりの会」を発足しました。また、8月よりスタッフと協力者の勉強会を定期的におこないます。スタッフ・協力者の参加呼びかけをおこなっています。「創る喜び・贈る幸せ・使う楽しさ」を体験して見ませんか。

スタッフ・協力者の勉強会ご案内
曜日/第2・第4水曜日
時間/午後13時30分~15時30分頃
会場/ラポールよしかわ

●4つ目には、「苧麻の栽培と麻糸つくり=上布」の試験栽培を麻糸つくりの試行を取り組める状況が見えてきました。

●5つ目には、お願いがあります。皆様のお手元にある「おきもの帯」、箪笥の中に眠っている、管理がむずかしい、袖を通さない「おきもの帯」がございましたら声を掛けて頂ければ嬉しいのですが宜しくお願い致します。

苧麻栽培・麻糸作り

苧麻(ちょま)=「からむし」と呼ばれるイラクサ科の多年生植物。古くから植物繊維をとるために栽培されました。茎の皮から採れる繊維は麻などと同じく非常に丈夫であり、取り出した繊維を紡いで糸とします。口能登一帯が麻糸の産地であったこと。麻糸は近江上布の原糸として使用されていました。

きものは再生を目的とした衣類

きものは本来、再生を目的に作られた世界でも珍しい衣服です。きものは細長い一枚の布を縦横、直線に裁ちあわせて作ります。場所は変わりますが余分な部分も縫い込んで処理し、布を切り取ったり捨てることは基本的にはありません。ほどけば一枚の布に戻して洗い、染め直し、仕立て直しなどを重ねます。ワンシーズン使い終えて一枚の布に戻せば季節に合せて、薄物(単衣)を袷にしたり綿を入れたり、家族や他の人の為に作り直すことも自在です。仕立て直しを繰り返し襦袢に小物に、最期は赤ちゃんのおしめにと使いきって布の命をまっとうさせていたのです。

着物生地・和装小物販売

能登上布会館で織りあがった着物・上布の普及を。和装小物の商品開発、他業種との連携(2次加工等)を働きかけます。